1999年9月号

エム・システム技研を材料にした

MBA授業の復習

第8回 ハイテク向き経済学(続)

エム・システム技研顧問/米国・MKKインターナショナル社長 風早 正宏

 本エッセイでは、前回につづき正帰還の経済学の説明をします。
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正帰還経済の条件
(1)高い初期投資と低い製品コスト
 医薬品、コンピュータのハードウェア、ソフトウェア、通信機器などハイテク製品は知識、技術への依存度が高く、材料の使用量は少ないです。したがって、製品の研究開発費やマーケティング費などの初期投資額は製品コストに比較して非常に高額です。マイクロソフト社Windows OSの開発費(バージョンアップは含まず)は約60億円でした。その後製品はプログラムをディスクにコピーするだけですから、1個の製造コストは150円程度です。製品に正帰還が掛かるには、この例のように累積生産台数が増えるほど初期投資額が分散されて、単価が下がらねばなりません。

(2)相補グループの形成
 ハイテク製品の場合、PCとOSの例のように、PCとPCクローンを作る会社、アポを作る会社、販売網を運営する会社、技術サポート会社、保守会社など利益を分けあう相補グループが形成されます。この育成を図るグループの製品が売れます。前述のようにIBMは仕様を公開しました。DOSもWindowsも内容が公開されています。これらは相補グループの形成と成長を促進しました。
 ソニーはBetaMaxの特許と技術公開を有料にし、アップル社はMacOSを公開せず、自らの手でグループ形成の芽を摘んでしまいました。
 近年、DCSの受注が下がって、システム設計やコンフィギュレーションを代理店にもシステム インテグレータ(SI)にもさせない方針にしたメーカーがあります。これは相補グループの形成を阻害するような方針と考えます。

(3)ユーザーの慣用
 ハイテク製品の使用は概して難しいです。ワープロ一つにしても、使うには自習あるいは先生による訓練が必要です。保守、技術サポートには一層の訓練が必要です。訓練を受けると、ユーザーは習った製品に使い慣れて引き続き使おうとします。また、一度訓練を受けるとその製品に関する限り改良(バージョンアップ)に容易に追従できます。したがって、メーカーは「ユーザーの慣用」をとおしてユーザーを捕らえてしまいます。
 慣れた製品に弱点があると、ユーザーはそれを補足するように作業手順を作ってしまいます。大きな価格差があるとか、使っている製品がしばしば故障しているとか、よほどの理由がない限り、自分が作った作業手順を放棄してまで、ほかの会社製品に換えようとはしません。前にも言ったようにハネウエル社DCSのモデルTDCには、設計不備とも言えるような弱点がありました。われわれがこのような点を改良したDCSの販売に行って弱点を指摘すると、「弱点かも知れないが、当工場の作業基準書はTDCに合せて作ってある。今更、作業基準書を改訂して、オペレータを再教育までする考えはない(だからあなたのDCSは買わない)。」という返事にしばしば遭遇しました。

正帰還経済の特徴
(1)収穫逓増(increasing return)  ハイテクの製品、企業、市場は上述の条件をもっていて、収穫逓増則に沿っています。収穫が逓増するので、正帰還経済の勝者はぼろ儲けをします。

(2)正帰還の種
 業界誌に製品広告を大々的に出すと、販売の統計的確率は上がりますが、確率は必ずしも販売開始に直結はしません。正帰還経済の市場は、初期には競争製品の間で優劣が分かれず、不安定な状態にあります。この中の一つに売上上昇が始まり正帰還が起きるには、最初にそれにわずかでも有利な何らかの出来事(events)が必要です。わたしはこのような出来事を正帰還の種と言っています。正帰還の経済学では、種は偶発的と説明しています。大会社から予期しなかった注文が来た。メーカーの担当者が購買者に遭遇した。メーカーが変わった販売促進をした、などです。DOSではCP/MがIBMを拒否し、マイクロソフトが手を結んだ事件が種です。ハネウエルのTDCは初期にエクソン社南ア連邦精油所から大きな受注があって弾みが付きました。

(3)予測不可能(unpredictability)
 正帰還経済内の市場形成をシミュレーションすると、可能な形成過程が無数にあると分かります。しかし、その中、どの過程が実現するかは予測できません(負帰還の経済のシミュレーションでは、過程が一つに収れんします)。VTRとOSの場合も、最初の1、2年の競争は一進一退で市場占拠がどのようになるかは予測できませんでした。

(4)過程依存(path dependent)と固着化(lock in)
 市場形成の過程は、スムースな予測線に沿ったものではありません。各時点で競争会社各々がとる政策、ユーザーがメーカーに出す注文、出荷した製品がたまたま起こした故障とか日々の出来事の累積で、市場占有率が決まっていきます。したがって市場形成は過程に依存します。これは、予測不可能と同類の特性です。
 何かの種で正帰還が始まり一つの会社が競争会社の先をとると、日々月々売上線はジグザグしながらも、全体の過程は上昇方向に固着化します。この会社がよほどの誤りをしない限り、固着は続きます。

(5)複数の平衡点(multiple equilibrium)
 正帰還経済で市場形成が進んだとき、企業間の平衡点は複数個あります。VHSとBetaMaxでは、一方が100%占拠し、他方は0%と一組の平衡点に到りました。OSの場合は、マイクロソフトが圧倒的で、Mac OSが12、13%(技術公開をしなかったので後に7、8%に下落)、CP/Mがほとんど0%、そのほかUNIXも競争に入って市場を占めました。このほかの市場占拠率の組合せも可能と日常経験から容易に理解できます。

(6) 最優良設計が必ずしも勝者にはならないこと
 VTRでは、BetaMaxの方がVHSより画質が優れていましたが、勝者にはなりませんでした。OSでは拙劣ともいわれたDOSが勝者になりました。このようにハイテクでは必ずしも最良設計が勝者になるとは限りません。
 製品には超高度の仕様はいらず、使用上十分な設計ならば正帰還の経済では競争できます。 メーカー内で、営業部から「競争製品全部の機能を備えた(それでいて最低価額の)製品開発の要求」がでることがありますが、正帰還の経済では全く当を得ていません。また、開発技術者が自分の仕事に凝って、やたらに機能を増やしたり性能を上げようとするのは過剰設計です。

(7)最初の製品が必ずしも勝者にはならないこと
 PCにしろOSにしろアポにしろ、市場でいの一番に発売された製品が勝者になってはいません。最初のPCはAltairでした。最初のスプレッド シートはVisicalcで、ワープロもスペルチェックも1980年にはUNIXが内蔵していました。いずれも正帰還の種を手にしなかったと言えます。
 市場には正帰還の固着が起きる前に参入すべきですが、いの一番の必要はまずありません。

経 営
一つの会社内でもコモディティを担当する部門とハイテク製品の部門とでは経営方法と組織は自ずと違うべきです。
 コモディティは市場価格で利益を上げなければなりませんから、部門の目標はコスト低減と品質の向上にあります。特異化の努力も必要です。日常の仕事は、比較的繰り返しが多いので、部長、課長、一般従業員といったピラミッド形組織が向いているとされています。
 ハイテク製品の部門はいつも次の製品を考え、持っている製品がコモディティ化しないようにしなければなりません。アイディアが部員の誰からでも出てそれが全体に反映するように、平坦な組織にしておく必要があります。正帰還の種に始まり、日々の出来事の累積が長期成果を決めますから、会社幹部の業務への直接参加が常に必要と考えます。 ■

◆ 著者からのおことわり ◆
今回のエッセイでは、エム・システム技研を材料にしてありません。 
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