1999年10月号

エム・システム技研を材料にした

MBA授業の復習

第9回 企業の財務モデル

エム・システム技研顧問/米国・MKKインターナショナル社長 風早 正宏

 わたしたちのMBAの会計学講義(Accounting)と財務学講義(Finance)では無味乾燥な財務諸表の練習問題をしばしばさせられました。まだパソコンがないときでしたので、無味乾燥さから逃れるために財務諸表の計算式を大型コンピュータにプログラムしておこうとしました。財務諸表の計算式全部を書き下ろしてみると、それは金の流れをたどった企業経営モデルだと気付きました。本エッセイでは、これを「財務モデル」と呼んで、応用例を使って紹介します。
 技術者として、それまでに測定器の特性モデルや自動制御ループの数式モデルに馴染んでいましたので、財務モデルを使って企業の分析も成長予測も運営改善もできると思いました。以後、機会がある度にその応用を研究しています。この種の研究論文がほかにもあります。ついでながら、Finlorpと名付けたプログラムは卒業後も学部に残して使ってもらいました。今はExcelでプログラムをして使っています。
*   *   *
 ある会社(X社)の1999年度の損益計算書が表1で、1999年末日の貸借対照表は表2のとおりとします注1)。表1の最右列は売上高を100%としたときの損益計算書項目の比率を示します。
 表の項目間の関係は代数式で簡単に書けます。例示すると下記のとおりで、
(売上総利益)= (売上高)-(売上原価)
(営業利益)= (売上総利益)-(販売および一般管理費)
などです。
 貸借対照表には、左側の合計と右側の合計は等しい(等しくあるべきだ)という原則があります。したがって、
(資産の部合計(総資本))=(負債・資本の部合計)
です。
 この貸借対照表の等式は、財務モデルをいろいろの問題に適用するとき、重要な条件式になります。企業の破産の数式表現は、この等式の不成立です。
 さらに、比率式も以下のように書きます。
 (売上原価率)=(売上原価)/(売上高)[X社の場合、45%]
 (総資本利益率)=(当期利益)/(総資本)[同、4.4%]
 (レバレッジ(自己資本の割合))=(総資本)/(資本の部合計)[同、2.7]
 (総資本回転率)=(売上高)/ (総資本)[同、0.9]
といった具合です。どれだけ詳しく書くかの選択によりますが、財務モデルは全部で40ないし50個の式になります。上には、説明に必要な式だけを選びました。これらの式では財務諸表の項目名を使いましたが、実際には記号で置換えて書きます。
 この財務モデルは時間変数を含まないので静的モデルです。しかし、会社内容の変化は概して遅いので、半年毎にモデルを使って計算したデータを時系列として観察することにより、動的モデルのように使えます。
 総資本利益率は利益に向けての資本効率を示します。総資本回転率は、経営者がどれだけ総資本を回転利用しているかを総合的に示す数字です。総資本回転率は0.6程度の低い会社から1.2以上と高い会社もあります。
 ここで「X社が、2000年度売上高を1999年より10%上げて71,500 M円注2)にするときに、借入金と新株式をどれだけ増やす必要があるか?」という設問をして、財務モデルを使って必要資金を計算してみます。会社は簡単に効率を上げるわけにいきませんから、総資本回転率の現在値を使って必要総資本は79,400 M円(71,500 M円/0.9)と計算されます。総資本を6,700 M円(79,400 M円-72,700 M円)増やす必要があります。
 貸借対照表の等式より、負債・資本の部も6,700 M円増やさねばなりません。この中の一部は2000年度利益3,150 M円(71,500 M円×4.4%)でまかなえます(ただし、配当はしないと仮定)。差の3,190 M円は銀行借入(負債)を増やすか、新株式を発行するか、両方をするかの必要があります。両方をするときには、レバレッジを悪化させない範囲で振り分けます。
 X社が日本の会社ならば、最近は銀行が貸渋りをしていますし、株式市場は低迷していますから、新株式発行も不利ではないでしょうか。X社が米国の会社とすると、レバレッジが2.7と米国の会社としては非常に高いですから(債権者には危険度が高いから)、銀行から借りることはできても金利は高いでしょう。米国の株式市場は活発ですが、レバレッジが高いのと総資本利益率が低いので、X社は高い株価は望めないと想像されます。すると、自社の弱い資金力のために最初の10%成長計画自身を見直さなくてはならなくなります。
 会社は自社の金融力を自覚しています。そこで金融力を出発点にして売上高を計算してみます。X社で借金の増加も新株式の発行も不利なのでしないとすると、負債・資本の合計で増加できるのは2000年度利益3,150 M円だけです。貸借対照表の等号式より、総資本の増加もこれだけです。総資本回転率を掛け算して、売上高の増加は2,835 M円と計算されます。1999年から2000年への売上高増加は4%にしか過ぎません。このようにして計算した額は会社の金融力でサポートできる売上高と言えます。わたしは、「サポート可能の売上高(Supportable Sales)」と呼んでいます。
 サポート可能の売上高を上げるために、会社は財務緊縮を図ります。緊縮ではまず製品のコストダウンをし、販売および一般管理費の削減を図ります。これには出張の制限や人員削減がされたりします。これで総資本利益率を高めるようにします。総資本回転率を上げるためには、在庫量の削減、手持ち土地の売出し、工場のリース・バックなどの手をうちます。
 多くの人は、売上があれば資金はいくらでも調達できると思っていて、サポート可能の売上高の概念を受入れ難いようです。勤務したフィッシャ&ポータ社で、1980年から1984年までの同社のサポート可能の売上高を計算して提出しました注3)。フィッシャ&ポータ社は、絶対多数票を持っていた株主家族に新株式を引き受ける資金力がなかったので、新株式は発行しないようにしていて自ずと資金力に限界がありました。わたしの予測額は会社が発表していた売上高成長見込よりも非常に低かったので、経理担当副社長が、語気荒く、「資金繰りなどを気にしないで、お前の新事業部の売上を増やせ。必要資金は自分がいくらでも算段してくる。」と言ってきました。
 実際には、彼が言ったようには算段はできず、サポート可能の売上高予測のようになりました。理由を観察してみます。新事業部の売上高は一時急成長しました。たちまち資金難にあって、予定の売上成長に必要なセールスマン、製造人員を雇い入れることができず、材料の調達にも支障がでました。このために、納期遅れをだしました。するとセールスマン数が不足のうえに現有販売部も売り控えをするようになって、結局会社の売上高の成長は予想したサポート可能の売上高に収れんしました。
 1985年以後もフィッシャ&ポータ社の成長予想を続けてサポート可能の売上高の概念を確かめるとともに、MBA学外講師中もケーススタディをとおして妥当性を観察しました。
*   *   *
 本エッセイから想像できるように、財務モデルの応用は広いです。本エッセイをとおして、少なくも財務諸表を自社財務モデルとしてみられる方が増えれば幸いです。  ■

注1)表内の数字は架空に作りました。
注2)MはMega(百万)の頭文字。M円は百万円。
注3)話は時効になっていて、記事にしてもよいと考えます。

◆ 著者からのおことわり ◆
今回のエッセイでは、エム・システム技研を材料にしてありません。 
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