1998年6月号 | |||||||
自動制御入門 第15回各種の制御手法(その3) | |||||||
松山技術コンサルタント事務所 松山 裕 | |||||||
11.2 PID制御の限界と対策(前回に続く) (2)プロセススタート後、できるだけ速く目標値までもって行き、かつ測定値が目標値をオーバーしない制御手法 たとえば、重い貨物を積んで高速で走っているトラックは、急ブレーキをかけてもすぐには止まらず、必ず行き過ぎてしまいます。といって早目に速度を落とすと、目的地に着くのが遅くなります。このように早く目的地に着くことと、行き過ぎないこととを両立させるのは難しいのです。 このテーマは、いわゆるバッチプロセスの制御のときによく問題になります。バッチプロセスというのは、目標値の設定や運転操作が一定のサイクルで変わり、所定の時間で一回の運転が終わるプロセスで、金属やセラミックスの熱処理とか、食品の加熱殺菌とかによく使われます。このとき、温度は所定の速度で上昇させ、かつ目標値をオーバーせずスムースに一定温度になるようにしたいのです。ある一定温度を超えると熱処理では製品の品質に影響が出るし、食品なら風味が悪くなります。 バッチプロセスの制御では、一般にプログラム制御(第8回参照)が用いられます。プログラム制御では、通常目標値を一定速度で上昇させ、そのあとは一定温度にします。測定値は目標値に追従して上昇しますが、上昇部から水平部へ移る所で、図11.9のように目標値をオーバーします。これをオーバーシュートといいますが、この現象は目標値の上昇速度をかなり下げない限りPID制御では避けられません。そのため、この目標値の上昇のさせ方を工夫し、上昇勾配をいくつか組合せる方法がしばしば用いられます(図11.10参照)。しかし、このような考え方で適当な組合せを得るにはトライ・アンド・エラーしかなく、かなりの手間がかかります。しかも、ある条件(目標温度、対象装置の熱容量等)でうまく行っても、ほかの条件では必ずしもうまくは行きません。この問題を解決するため、約10年前ファジイ推論を使用した調節計が登場し、現在ではかなり多くのメーカーがこの種の調節計を販売しています。ここでは横河電機の資料 2)に基づいてこの原理を説明します。 この調節計の考え方は、基本的には図11.10のような目標値の上昇勾配を、調節計が自分で作ることにあります。図11.11を参照してください。これに示すように、最終目標値より低い目標値(補助目標値という)を計算で作り、これと目標値のいずれか低い方を実質目標値としてPID演算を行います。したがって、図の太線が実際の目標値となります。この補助目標値は、はじめは温度の上昇速度とプロセスの等価むだ時間から計算で求めます。測定温度が補助目標値を超えたら、少しずつこの補助目標値を上げて行き、温度が最終目標値にスムースに落ち着くようにします。また温度の上昇速度が大きく、オーバーシュートを起こす可能性が大きいときは、補助目標値を下げてブレーキをかけます。この補助目標値の操作にファジイ推論を使用するのが、この調節計のポイントです。 この原理において、オーバーシュートに影響するデータは、温度の上昇速度、最終目標値と補助目標値の差、最終目標値と温度の差(偏差)ですので、これを入力としてファジイ推論を行い、補助目標値を操作します。ただし、実際には温度の上昇速度ではなく、プロセスの等価むだ時間に対応した温度の予想変化量を使用します。ここでファジイ推論に使用するルールの一部を言葉で示すと下記のとおりです。 〔偏差がすでに小さいのに、温度の予想変化量が大きいので、このままではオーバーシュートしてしまう。したがって補助目標値をかなり下げないといけない。〕 現実に補助目標値を変えるにはどうするかについては、ファジイ推論の考え方を理解する必要があるので、次項で説明します。 (3)ファジイ推論について “aがAで、かつbがBならcはCである”というのが一般の推論です。しかし、“aがA”といってもその度合はまちまちです。そこで、aがAである度合と、bがBである度合からcがCである度合を推定しようというのがファジイ推論です。これを制御に応用するときは、a、bは調節計の入力に相当し、cは出力に相当します。この場合、いわゆる“If … then”ルールによって下記のように表現します。 If a=A and b=B、then c=C こういう表現をルールといいます(前に言葉で示したルールを参考に見てください)。このようなルールを多数用意し、これから調節計の出力を決定します。ここでa=Aといっても、普通の意味のイコールではなく、aがAに属する適合度のことで、適合度のデータをメンバーシップ関数といいます。 このような推論で何か得られても、実際に調節計の出力にするには工夫が必要です。この代表的な方法にmin-max重心法という方法があります。今、下記の2つのルールがあるとします。 ①If E=ZO and DE=PS、then U=PS ②If E=PS and DE=PM、then U=PM ここでE=偏差、DEは偏差の微分値、Uは出力です。ZOはほぼ零、PSは正で小さい、PMは正で中位の意味です。ここでE、DEは実際に測定して得られる数値ですが、ZO、PS、PMはメンバーシップ関数として、システム設計者が与えます。通常は図11.12のような三角形を使用します。今DE=35%とすると、これはPSに対しては0.65、PMに対しては0.35の適合度であることがわかります。図は省略しますが、E=5%とすると、たとえばZOに対して0.9、PSに対しては0.1の適合度が得られます。“and”のときは、複数の数字のうちの最小の数値をとることになっているので、Ifのところの数値は①では0.65、②では0.1となります。これをUのメンバーシップ関数に適用し、図11.13のように頭切りし、ハッチング部の面積を得ます。最後に、この面積の重心点を求めて調節計の出力とします。 ファジイ推論の良い点は、ルールやメンバーシップ関数を、設計者が自由に作れることです。PID制御では、仕組みが固定されているので自由度がありません。ファジイ推論では、立上りを速くするルールとオーバーシュートを抑えるルールとを共存させることができるのです。 ■ ◆ 参考・引用文献 ◆ 1)松山 裕:だれでもわかる自動制御、省エネルギーセンター(1992) 2)安田 嘉秀 他:オーバーシュート抑制機能を持つ調節計の開発、横河技報Vol. 33、No. 4、p. 239~242(1989) |
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