1998年11月号 | ||||
エム・システム技研を材料にしたMBA授業の復習第1回 リスク追求 | ||||
エム・システム技研顧問/米国・MKKインターナショナル社長 風早 正宏 | ||||
連載にあたって エム・システム技研は、創業者宮道氏が所有し直接経営していて、事業意欲にあふれています。年間売上げは約60億円です。「何も分からないから、がむしゃらにやっているだけです」と謙遜されますが、接触するとユニークな経営努力を学習できます。 本連載エッセイでは、エム・システム技研を材料にして、経営講座やMBA注)授業で扱う基本テーマを平易に説明する予定です。エム・システム技研は多くの経済学、経営学の基本を、習字でいえば楷書のように実行しています。したがって、基本と実際を比較しやすいのです。 私は、ビジネススクールで経営セミナーを12年担当した間に、生徒と一緒にフォード自動車会社、クライスラー社、アメリカン・エアーラインズ社などの10社で、実際問題の分析をし助言をし、これらの経営陣にも接しました。工業計器業界では、フィッシャ&ポータ社の経営陣の一員として経営に携わりました。エム・システム技研はこれらの会社と比較すると、規模はまだ非常に小さいのですが、経営面では創業者精神があるので比較には興味が尽きません。 この第1回目エッセイでは、人の、とくに 投資家の投資心理を説明する富・限界満足度曲線を紹介します。 図1の富・限界満足度曲線は、1万円あるいは100万円の単位の富が増減したとき、人が感じる満足度の変化分を例示しています。これを限界満足度(marginal utility)といいます。富という表現がなじみにくいときは、富の代わりに利得あるいは利益と考えると理解しやすいでしょう。満足度が計れるかどうかの議論はありますが、経営学ではユティル(util)という単位で定量化して議論します。 図1には、3つの異なったタイプの人を表す曲線を例示しています。Aは一定満足度線、Bは増加満足度線(上方に向かって凹)、Cは減衰満足度線(上方に凸)です。人によりいろいろの勾配が考えられます。 A線型の人は富が500万円から750万円に増えたときも、500万円から250万円に下がったときも満足度は同じ7ユティル(14.5から21.5と14.5から7.5)だけ変わっています。このタイプの人は、変化はどちらも同じ250万円と考えて富の増加からくる喜びと減少から受ける不快が同等な人です。 B線の増加満足度型の人は、富の増加からくる喜びが減少から受ける不快よりも大きい人です。図1の例では250万円の増加で満足度は14.6ユティル増加していますが、250万円の減少では9.4ユティル減少しています。誰しも損は嫌ですが、この人は増加からくる喜びを減少からくる不快の2倍近くに感じる人です。このタイプの人をリスク追求者(risk seeker)と呼びます。 リスク追求者の卑近な例はパチンコ狂にあります。パチンコで500円儲けたときなどにしきりに儲けをはやしたてています。同僚が「お前、500円儲ける前に、何千円もすったじゃないか」と言っても受け付けません。このパチンコ狂は極端なB線型で、金勘定ではなく、損から受ける不快さに鈍感で、得からの快感が非常に強いのです。これでは、時々儲かるだけでパチンコを止められません。 B線型の経営者は一般に積極的な経営をします。「虎穴に入らずんば、虎子を得ず」のたとえどおりに、虎に噛まれようが引っ掻かれようが(損)、とにかく虎の子(得)をとりたいという人です。ただし創業者がすべてリスク探求者とは限りません。 C線の減衰満足型の人は、富の減少から受ける不快が増加からくる喜びよりも大きい人です。A線を軸にして、B線型と対照的です。図1の例では、250万円の増加で2.4ユティル変化するのに対して減少では4.4ユティル変わっています。損を得よりも2倍近く痛く感じる人です。このタイプの人をリスク排除者(risk averter)と呼びます。保守的です。 人の大部分は、投資家と自認する人でも、会社重役でも一般に保守的でリスク排除者が多いのです。フィッシャ&ポータ社でも、ご多分に漏れず長年経営会議でリスク排除意見が多く出て、経営決定が保守的になりがちだった印象が残っています。 宮道氏と接していると、リスク追求志向を感じます。小さい例では、昨年のINTERMAC'97工業計器展示会では、観覧者は同業他社の人が大部分で、資金の投資効果は期待外れでした。今後のINTERMAC対策は閉会の日から真剣に検討していましたが、資金投資のロスについては、「私が承認した出費ですから、私の責任です」と淡白に話していました。 大きな例は、バブル経済時の土地投資です。私がエム・システム技研に深く関わる以前の投資でしたので、その経緯は知りませんが、この非生産投資額は売上げの1/3近くもありました。バブル経済後の今から4年前に処理をしました。売値が買値と同等でした。「持っていた間の金利だけ損をした」と言っていました。売れた喜びの方が金利を失った不快を大きく上回っていたと認めました。もっとも、その後の土地の低下を見た今ならば、リスク排除者でも結果論から金利の損だけで済んだと喜ぶでしょうが、当時はまだリスク追求型の発言でした。 話は変わって、ナポレオンが「自分には、運が良い将軍が欲しい」と言ったという逸話があります。用兵の天才でも、国軍の将軍になるような人達は才能では伯仲していて、戦果は運によって決まると思っていたか、最大の才能発揮の後は天命を待つよりほかはないと考えていたのではないでしょうか。 エム・システム技研は運が良いといえます。投資した土地がバブル後買値で売れたのも運が強かったです。1995年6月に、米国支社の株式を共同出資者から引き取って全所有にした時は、円の対ドル為替レートが史上最高でした。 付き運が天下りであるとは思えません。リスク追求志向でも積極的に経営問題に対処していると、運もつかむし、難しい問題も氷解して運が良かったようになると思います。リスク追求者は拡大方向にあり、リスク排除者は先細りです。 ■ ◆ 参考・引用文献 ◆ J.F. West、E.F. Brigham共著Managerial Finance fifth edition 、p.319を参照しました。 注)MBA(Master of Business Administration): 経営管理学修士 |
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