1999年4号

エム・システム技研を材料にした

MBA授業の復習

第3回 経営グループの注意持続時間

エム・システム技研顧問/米国・MKKインターナショナル社長 風早 正宏

 注意持続時間(attention span)は人が考えを集中できる時間の長さです。注意持続力ともいいます。幼児の注意持続時間は20秒程度なので、TVの幼児、児童番組は画面を短時間で変えます。社会人になっても子供のように関心が移り変わる人から、長時間考えることができる人と、個人差は大きいです。注意持続力が弱いと「頭が弱い」といわれます。
 個人のように、会社の経営陣にもグループとしての性格があります。クライスラー会社とフォード自動車会社の重役陣に接したとき、経営陣の注意持続時間とその差に気付きました。本エッセイでは経営陣の注意持続時間の紹介をします。

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 私が担当したMBAクラスは、財務(Finance)学科・経営管理セミナーでした。講義のほかに企業から実際の経営問題を提起してもらい、半年かけて研究して、会社(大抵の場合、何人かの副社長、取締役、部長)に研究結果をプレゼンテーションし、一緒に討論をする経営コンサルタント式ケーススタディをしました。
 毎年講座定員が20人のところ、24、5人が実際の人員でした。これを4、5人ずつのチームに分けて5つの経営コンサルタント会社にして、この模擬5社が競争して経営分析・提案書を作って提出しました。プレゼンテーションの手順は会社によって違いはありましたが、まず大学院に来られた部長クラスの人達に全チームが説明をしました。その結果選ばれた3チームが本社に行って発表、討論をする形をとっていました。
 大学院からのものですから、分析・提案書には、当然財務理論を使った問題分析が入っています。最新の財務理論を知っていない人にはついていけない部分が毎年ながら含まれます。

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 1988年にクライスラーと、翌年にフォードと作業をしました。表現こそ違え、与えられた課題は「会社のP・E比(株価と株当たりの利益の比)を高くする方策」と計らずとも同じでした。言い換えると、「会社の利益に対して株価が安すぎる。どうしたら株価が上がるのか?」という質問です。
 クライスラーへのプレゼンテーションでは、各チーム45分の発表、15分の質疑応答と、チームに時間割当てをしました。会社側からの質疑はチーム発表毎のあとにするように頼みました。これが守られたのは最初の1チームだけでした。2チーム目では発表の途中で会社側が話しだして、発表時間が守れなくなりました。子供がじっと話を聞いておれないようなものです。3チーム目では発表者を演壇に置いたまま副社長、部長間の議論になって、このチームのプレゼンテーションは時間切れになってしまいました。
 大ざっぱにいって、当時注1)のクライスラーのトップグループの注意持続時間は30分が限度と推測しました。財務理論についていけなかったきらいもありました。
 このトップクラスでは、クライスラーはうまく行かないなと直感しました。当時クライスラーは、アメリカ連邦政府保証の借金で破産を免れていましたが、まだ倒産の怖れはありました。ほかの借金返済も負担であることは公知でした。
 注意持続力が弱いトップでも、倒産回避と借金返済という差し迫ってはいるが簡単な経営目標には、意見統一ができています。借金を返したあとは、将来の発展計画1つにしても、多くの選択肢がある複雑な経営政策を討論するようになります。それには注意持続時間が短すぎます。「クライスラーは倒産回避と借金返済まではできても、将来はおぼつかない。」と思いました。
 会社のある時期の経営決定は、5年、10年と後まで影響します。そのせいか、同社の運営はその後も不安定でした。今年クライスラーは、ドイツのダイムラー・ベンツ社に身売りしてしまいました。
 フォード本社では、3チームが発表し終わるまで聞いてもらいました。質疑と意見交換の時間になると、堰を切られた水のように質問が出ました。チーム間の意見が違っている点にはとくに突っ込んだ質問がありました。質問から発表内容をよく理解していると伺えました。また、発表した内容をよく覚えておいででした。
 どのチームもフォードの手持ち現金が多すぎると指摘していました。軍需部門すべてを売って自動車に関係深い会社を買収するように勧めたチームもありました。これらのテーマはすでに社内でも討論されていたのか、突き詰めた討論になりました注2)。
 3チームの発表を聞き、その後突き詰めた質疑、討論をして飽きを見せない副社長、部長らの意識の集中を見ました。単純に時間を計って、このグループの注意持続時間は200分以上です。このグループが管理しているフォードは「伸びる」と直感しました。近年はフォードは世界1位のジェネラルモータ社に売上で肉薄し、利益率では凌駕しています。
 私が勤務した会社でも、10年以上にわたって業績が下がったときがありました。振り返ってみて、この時期のトップグループのグループ注意持続力は比較的弱かったように思い出されます。その後、利益の回復をしましたが、このときのグループの注意持続時間は長かったです。

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 このように対照的に注意持続時間の違いを直接見ました。会社の社長、副社長、取締役は個人では有能な人でしょう。しかし、この人達が構成するトップグループとしては、それ自身の注意持続力があります。グループが幼児のように短時間しか1つの問題に注意を集中できず、議題が途中で立消えたりすることがあります。一方には、持続時間が長くて、1つの会議中に問題に集中するだけではなく、何回かの会議にわたって持続して問題に執拗に当たれるグループがあります。
 重役陣の注意持続時間が短いから重役会時間が短いわけではありません。集中して議題に取組めず、議題が移り変わりがちになって、小田原評定の長い会議になりかねません。
 よその会社の重役会に入り込んで注意持続時間を測定するわけには行きませんが、測定できればグループ注意持続時間と会社業績には強い相関があると考えています。

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 本文では会社の経営グループが個人のように性格を持っているとして、とくに注意持続時間について述べました。おとなしい人、緻密な人、「石橋をたたいてなお渡らない」ような引っ込み思案の人、結果よりも議論するのが好きな人などと、人にみる性格の種類は、経営グループにもあります。
 さらに2例を挙げます。私のクラスは化学会社のRohm&Hass社に、「世界中で何箇所、どこに、どの種類の工場を建てるか」注3)の分析、提案をしました。プレゼンテーション後の討論をとおして、この経営グループはおとなしい優等生のように思いました。この会社は財界誌で話題になるような飛び離れた成績は上げないが、業績も悪くない優等生の会社です。
 航空会社のAmerican Airlinesには、「MD80旅客機(当時1機種約100億円)を80機購入する資金(8000億)調達」の分析、提案をしました。このとき、相手は議論好きで攻撃的と思いました。当時は航空産業が自由化になって会社間でし烈な競争をしていましたから、それを反映していたのかもしれません。
 Rohm&HassとAmerican Airlinesを同業者と比較できませんでしたので、これらは私の主観的観察です。
 クライスラーとフォードでは、同業者に同じ主題を与えられて調査、提案する好機でした。   ■

注1)その後トップの入れ代わりがありましたので、当時についての話です。
注2)1年以内に軍需部門を売りました。また、ジャガー社を買いました。
注3)このような研究テーマは秘密でした。すでに10年以上経って時効になり、話してもよいと判断しました。文責は著者。
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