1999年5号 | |||
エム・システム技研を材料にしたMBA授業の復習第4回 個人会社と株式公開会社 | |||
エム・システム技研顧問/米国・MKKインターナショナル社長 風早 正宏 | |||
このエッセイでは、個人あるいは少数者が会社株式を持っている場合と、不特定多数の人が持っている場合との、会社経営の違いについて観察します。 * * * エム・システム技研は、株式が創業者宮道社長に集中している会社です。株式市場では、この会社の名前は聞きません。多くの人は、日常見聞きする株式取引所に上場されているのが会社と思いがちです。これらは株式を不特定多数の人に公開している会社です。上場しないで、個人、家族で株式を所有している会社もあり、日常用語では個人会社、あるいは非公開会社(日本では非上場会社)と呼びます。とくに、個人会社とは、株式を持っている人が経営もしている、資本と経営が一体の会社を指す場合が多いです。世界中では会社の約65%が、個人会社あるいは非公開会社といわれています。 個人会社あるいは非公開会社というと、小さい会社と想像されるかもしれません。最近、売上額世界一の計測制御会社になったABBは、スウェーデンのWallenberg父子が押さえています。世界有数のゼネコンBechtelの株式は非公開です。Ford自動車の株式は、公開されてはいるものの創業者Ford家の支配下にあります。ドイツのBMW自動車会社の主はQuandt家といった具合です。石油から上がった資金で、いろいろのアラビア人が世界の企業を買って個人会社として持っています。例を挙げたのは、エム・システム技研の大きさがこれらと比肩しているかのようにいうのではなく、個人会社の可能性について理解していただくためです。 * * * 私はMBAの学生だったとき、個人企業の経営を中心に教える学科があるのを傍目に見ながら、公開会社の経営学を専攻しました。勤務したフィッシャ&ポータ社は、創業者の養子だった社長の持ち株率が低く公開会社の性格が強い会社でした。このように公開会社に馴染んでいましたが、エム・システム技研の経営を観察するようになって、個人会社の経営に触れました。 個人会社には公開会社にない能率の良さがあります。 経営学では、会社政策の決定には株主、銀行(貸付主)、取締役(会社法人)、従業員4者の立場から検討するように教えます。ここでは、いわゆる資本と経営の分離が考慮されています。4者は表面的には、会社が発展すればともに利益にあずかるので、長い目では利害は一致しているように見えます。しかし、各々が見る長い目に差があるので問題が起きます。株主はできるだけ他人である銀行の金を使おうとするのに対し、銀行は貸付金の安全のために株主が株式を増やすように求めます。毎期の利益の配分には、株主は少しでも多くの配当を求め、従業員は高額ボーナスを期待し、取締役会は利益再投資のために剰余金留保を多くしようとします。4者が毎期の利益配分率だけでなく、いろいろの要求を持っていますから、この複雑な組合せを考慮して全員の福利を最大化しようとする経営は複雑で、人の時間とエネルギーを必要とします。 個人会社では、株主と取締役がほとんど同じです。株主自身が会社で働いていますから、従業員の性格も持っています。前の利害相反する4者が3者あるいは2者にと減って、複雑な要求の組合せが非常に少なくなります。たとえば、株主で取締役である人は、大きな製造機械への投資が必要な年に、社内留保を大きくして、配当金は少なくする(あるいは無配にする)意志決定は早急にできます。このように個人会社の経営は、公開会社に比し簡単です。したがって、会社の意志決定が早く小回りがききます。 公開会社では多人数の取締役会が多いのに対して、個人会社では取締役数を商法が定める最少の3人かそれを多少上回る程度の少人数です。少人数の会議は一般に結論を早くだします。これも小回りがきく経営の原因です。他方、「衆知を集める」と言いますが、私の経験では、多人数の取締役会あるいは経営会議では、「衆愚を集める」結果になりかねません。このような取締役会で議題を討議する場合、議題について素人かあまり関係のない人が含まれています。問題が専門的であるほど、この傾向は強いです。これらの人を含めて、過半数の賛成を得るには討議レベルを低くしなければなりません。このため、経営学では、多数賛成の経営決定内容の質は必ずしも良くないと、注意しています。 個人会社の財務経理は簡単です。反対に、公開会社では、株主対策に多人数と多額の予算を使います。公開会社では、四半期ごとに業績発表をし、毎年1回は株主総会を開き、年次報告書(annual report)を発表します。ご存知のように年次報告書は美術の本のような豪華版が多いです。税法、商法、公正取引委員会ルールの違いから、政府向け税務帳簿と株主向け連結決算帳簿は分けておかねばなりません(二重帳簿ではありません)。日本でもアメリカでも、このために経理課、会計課、文書課、庶務課(アメリカでは社長室、法律課、対株主マネージャーなど)に多くの人を抱えています。個人会社では、納税のための経理は詳細にしなければなりませんが、年次報告書は、ほとんどが取締役会ですでに内容を承知しているごく少数の株主に配布すればよいのです。豪華版の名にはほど遠い、複写機で印刷した書類です。エム・システム技研を訪問してみて、以前に勤めた公開会社に比較して総務、財務、経理の関係者が少ないです。 公開会社で目に見えない多数の株主を満足させるのは容易ではありません。経済成長を遂げた国の中産階級は、同一人が労働者として働いている一方、蓄財のために資本家として株式を持つようになっています。資本家も、社会主義者や共産主義者がいう搾取階級と呼ぶわけにはいかなくなっていますが、公開会社の株主の大部分は不労所得者です。会社売上の4、5%の多額が、配当として不労所得者に流出します。多数株主が満足かどうかに関わらず、配当利回りが銀行金利より多少高い程度で我慢してもらいます。個人会社の株主の大部分は、取締役としてか従業員として働いています。報酬を受けていますが、不労所得者ではありません。その上に、少数特定の株主に満足してもらう配当総額は、公開会社の総額ほどの流出にはならない場合が多いと観察しています。フィッシャ&ポータ社の故創業者社長は、会社拡張を人生目標にしていましたから、低い社長給料をもらうだけで配当はとっていませんでした。 個人会社は経営者の持ち物です。「わがものと思えば軽ろし、傘の雪」という川柳や「慾と二人連れ」とことわざにあるように、自分のものと思えば、会社の苦しい時期にも耐えられます。自分の利益に直結していれば、経営にいつも頭を使います。ここに個人会社の活力の源泉があります。 個人会社と真反対の会社は国有会社です。ソ連では革命後、ヨーロッパ諸国でもその前後から、社会主義思想の普及とともに基幹産業の国有化をしました。ところが、国有会社は軒並みに経営破綻に陥りました。失敗の最大原因の1つは、経営者にとって責任をとる対象が目に見えない不特定の納税者か、仲間の政党党員にあったことと考えます。責任が明確でなく自分のものでもなければ、経営者は日夜経営に心をまず使わず活力に欠けます。英国のサッチャー首相が国有会社の私有化をして、利益改善をして見せました。株式公開会社の取締役にとって、会社は株主からの預かりものである点で、だいたい個人会社と国有会社のそれの中間に位置付けられます。 * * * 計測制御業界には、活発な個人会社が多いです。コリオリ式質量流量計を作ったMicro Motion社(現在Emerson社の子会社)、信号変換器のAction Instruments社(昨年よりSiebe社の子会社)とMoore Industries社、電磁流量計のKrohne社などがその一部です。フィッシャ&ポータ社で、これらと競争してみて、市場変化への対策の早さ、独創性、政策決定の一貫性等、多くの点で公開会社である大総合計装メーカーより手強かったです。手強さの多くは個人会社の経営形態の強みに起因していたと感じます。 ■ |
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