1999年6号 | |||
エム・システム技研を材料にしたMBA授業の復習第5回 サラリーマン重役の決定 | |||
エム・システム技研顧問/米国・MKKインターナショナル社長 風早 正宏 | |||
前回、個人会社の経営者は、自分のものである会社利益に直結した意志決定をする説明をしました。本エッセイでは、株式公開会社のサラリーマン重役にとっては、会社の金は自分のものではないので、それを多く使ってもあるいはそれを寝かせても、自分の仕事に都合が良いように狭い視野で決定をしがちな例を観察します。会社の1円は単なる1円ではありません。少なくとも金利と配当のコストがかかっています。使い過ぎはもちろん、これを寝かせると不要なコストが発生します。 * * * 私が勤務したフィッシャ&ポータ社は、長年、差圧変換器シリーズを販売しています。シリーズには、中圧用、高圧用、低圧用、超低圧用、タンク取付け用などのモデルがあります。自動車のシリーズにたとえれば、多少意味合いは違いますが、4ドアセダン、2ドアセダン、ステーションワゴン、クーペなどのモデルがあるようなものです。 約25年前に同社は新技術を使った製品シリーズを開発して、旧シリーズを置換えました。新技術で製品ができるかどうか確認する必要がありました。まず、シリーズの販売台数の中50%ないし60%と、もっとも売上台数が多い中圧用を試作して、製造設備の準備をしました。この中圧用の開発費は、技術設計だけで、当時の貨幣価値で約3百万ドル(当時の為替率1ドル360円で、約10億円)だったと記憶しています。 そのとき、営業販売担当のサラリーマン重役P副社長は、「新シリーズの全モデルがいちどきに出荷できるようになるまで、どのモデルも発売しない」と決定しました。会社には従来の差圧変換器モデルがありましたから、新中圧用モデルをそれらと一緒に売る政策も可能でした。 彼は、全モデルが揃う前に中圧用モデルだけを発売しては、新差圧変換器シリーズの市場へのインパクトが弱まると説明していました。これで、間もなく完成した高圧用モデルも低圧用モデルも、売上台数がわずかしかない残りのモデルができるまで発売を保留しました。この決定が異常なのは、自動車会社の例を見れば分かります。自動車会社は、モデルチェンジをするときに、4ドアセダンを開発し製造準備もしてから、2ドアセダン、ステーションワゴン、クーペなど全車種が揃うまで発表を延ばしたりはしません。工業用測定器の開発費は自動車の開発費より桁違いに小さいですが、会社の資本金の大きさを考えると、開発費はどちらも同等な負担です。 P副社長担当の営業販売部門に限ってみれば、全モデルを一度に発表した方が、何かと仕事はし易いに違いありません。中圧用モデルが市場で好評を受けた場合、客先、代理店、自社セールスマンから、高圧用、低圧用、超低圧用、タンク取付け用を求める強い突き上げを受けねばなりません。彼の部下からこれを避けておきたい希望がありました。 自分の担当部門の都合だけを考えたこの決定は、中圧用モデルの開発費3百万ドルを2年以上寝かす結果になり、当時の資金コストで計算すると65万ドル注1)(約2300万円)の損害注2)を会社に与えました。このような決定は、会社の金が自分のものでないからする決定です。自分の金ならば、かかった分を逸早く取り戻したい衝動に駆られるでしょう。 新製品の発売から、ユーザーに知ってもらって注文が増え始めるまでには遅れがあります。これが新製品の遅れ時間です。工業用測定制御機器の遅れ時間は、一般商品より長くて、1年ないし2年です。中圧用モデルを先行して発売すると、ユーザーの目をひき始めますから、後続のモデルができるまでにはすでに知れわたっていて、それらの注文増加に遅れを少なくできます。これで、新シリーズ全体の開発費の回収も促進できます。 さらに、自分の金を投資して製品開発をしていれば、投資リスクを少なくしようとするのは当然です。新シリーズは、新しい構造と動作方式を採用していました。まずこれがユーザーに受け入れられねば、全モデルが失敗製品になります。中圧用モデルを先行して発売すると、客先反応を観察できます。ユーザーの反応が悪ければ、このモデルだけを撤回すればよく、その他モデルへの開発投資の発生を止めることもできます。良い反応があったときでも、事実上の使い良さ難しさなどを技術部にフィードバックして、引き続き開発しているモデルに反映できます。 自動車業界では、モデルチェンジに当たって、できた車種から次々に発売する傾向にあります。これは、現代マネージメントの基礎を作ったといわれるスローン会長下のゼネラルモーターズが、発明家のヘンリー・フォードのフォード社と競争するために始めた、モデルチェンジ政策以来の前例にならっているのだと思います。もっとも早急な投資回収と、新製品のリスク分散の観点から引き継がれているに違いありません。 上の具体例は、私が勤めた会社の恥話ですが、時効になっていると判断して述べました。社名を挙げないで1、2の例を追加すれば、どの読者もわたしが読者の会社のことを書いていると思われるでしょう。それほど、この種の決定は、今日も上下を問わず多くの人で多くの会社で行われています。 まず小さい例から述べます。ある製造会社の製品開発エンジニアが、競争会社の製品シリーズを調査するために6個のサンプルを購入しました。シリーズ内の1モデルにつき2個ずつ買って、3モデルで合計6個です。単価が4、5万円ですから総購入価格は非常に大きな額とは言えませんが、このエンジニアが自社を起こして、自分の金でサンプルを買っていたら1個だけ買ったと思います。会社の金で買うのならば6個購入となります。調査には、性能試験をしてから、分解していわゆるリバース・エンジニアリング(reverse engineering)をします。競争製品1個を注意深く調査すれば、あと仕様書を勉強して、必要なだけの情報はほとんど掴めます。1個でも、ここまで調査するには工数がかかります。購入品コストより工数コストの方が大きいです。1個で足らなかったとき、はじめて次の1個を買い足せばよいです。6個も調査していたら、自社製品を開発する時間は残りません。 次は大きな例です。ある会社の社長が、DCSコンピュータシステムのモデルチェンジにあたり、「新製品は修理用部品を十分に在庫し、かつ、製品がユーザーで故障したときに、その製品と自社内に設置したコンピュータとを電話回線で接続してオンラインで修理できるようにするまで発売しない」と決定しました。大きなDCSのモデルチェンジは、その規模によりますが、開発費は25億円以上かかります。出荷台数が少ない間は、修理用部品は製造ラインからでも調達できますし、会社はサービスマンを抱えていますから修理はできます。この社長の決定ほど発売を遅らせる必要はありません。資金コストの観念に欠けた大名商売のような決定でした。 P副社長の決定を批判しましたが、実は私は新差圧変換器シリーズの開発課長でした。決定を聞いて、会社運営とはそのようなものかと受け止めました。批判的になったのは、その3年後MBAの財務講義とマーケティング講義で、資金コストと機会利益について習ってからです。MBAでは会社の1円にはそれに付帯したコストがあり、経営決定に遅れがあるとコストを累積したり利益を得る機会を逃すと教えます。 * * * 大名商売とは真反対の例を、最近目の当たりにしました。1996年のISAショーで、フィッシャ・ローズマウント社が、PlantWeb DCSを発表しました。一部分は製造できるが、全体の完成は3年先と言っていました。1998年のISAショー(ISA EXPO 98)では、ほとんど完成して大々的に展示していました。2年間に販売実績ができていました。この早い発表をした社長の勇気ある決断と、2年間製品の完成を促す突き上げに耐えた胆力に敬意を表しました。 ■ 注1)銀行金利が高かった当時の資金コストを10%として、2年の複利計算で算出。 注2)機会損益のこと。 |
| ||
|