1999年7号 | |||||
エム・システム技研を材料にしたMBA授業の復習第6回 マクロ経済学の弱点 | |||||
エム・システム技研顧問/米国・MKKインターナショナル社長 風早 正宏 | |||||
マクロ経済学注1)は、経済学の一部門で、国、世界の経済を巨視的に取り扱う社会科学です。国の歳入、歳出とその均衡、国際収支とその変動、それらの国民生活への影響などを論じます。大部分の科学は、既知の部分よりも未知の部分が多いです。中でもマクロ経済学は未知の部分がとくに多いだけでなく、解明しても本質的に不確実さが残る弱点を内在しているようです。これを自社経営に使うには、マクロ経済学が提供するデータを独自で解釈する必要があります。 本エッセイでは、わたしたちが習ったフリードマン教授が注2)述べられたマクロ経済学の弱点について、わたしなりに説明します。
政府の総支出額が経済の成長率に影響すると知られています。総支出額をx(兆円)で表すとします。影響を受ける経済の成長率をy(%)とします。高校時代の解析Ⅰを思い出すと、総支出額xはコントロールできる数ですから、われわれはコントロール変数あるいは独立変数と呼びます。成長率yは総支出額に影響される数ですから従属変数といいます。 マクロ経済学では自然科学のように、一定の条件下で、独立変数、たとえば総支出額をいろいろの値に変えて、従属変数を測定して両変数の関係を実験で見出すわけにはいきません。変動する実経済のデータを取って、統計的に関係を想定するだけです。1つの条件下で、総支出額が経済成長率と図1の線(1)(あるいはそれに対応する関係式)のような関係があると想定できたとします。かりに想定できても、独立変数の総支出額は横軸に沿って数値を選択できる可能性がありますから、どの総支出額にしてどの経済成長率を選ぶかは一義的に、ほかの表現をすれば決定論的には決まりません。すると、いろいろと経済対策の意見を言う余地が出てきます。 もっとも、できるだけ高い経済成長を望むならば、図1P点のように可能な最高総支出額を支出して、対応する成長率を得ようとするでしょう。それでも、総支出額には理論値も経験に基づいた自明な値もありませんから、何兆円まで可能かという議論が議会でも経済評論家の間でも百出するに違いありません。 ある異なった条件下で観察をすると、総支出額と経済成長率の関係は図1の線(2)(あるいは対応する関係式)で与えられるでしょう。ほかの異なった条件では図1の線(3)(対応する関係式)、さらにはもっと多くの線(関係式4、5、…;図1では略)で与えられるでしょう。このようにわずか1つの独立変数と1つの従属変数の計2変数の間でもいろいろの関係が想定されます。図1から、政策に使う数値は決定論的には決まらないと直感的に分かります。 では、独立変数の数が5つで従属変数が2ダース以上もあるときを考えてみます。5つの変数の値が2ダースもの変数の値に影響する場合です。関係式の数は、独立変数の数より非常に多くなります。従属変数が独立変数より多くある場合は、図1で多くの線(関係式)がある場合に似て、すべての関係を満たす数値は決定論的には決まりません。マクロ経済学の弱点はこの種の数学上抜け出せない問題です。 マクロ経済全体の流れは、民間経済、輸出入の流れ、政府の歳入支出より成ります。ニューディールでケインズ経済論を米国が実験して以来、世界主要各国は行政府がとる財政政策と中央銀行を中心に行う金融政策とで経済全体のコントロールをしようとしています。しかし、これらが直接コントロールできる独立変数は、大ざっぱに言って政府支出、税率、輸入税率と輸入制限(tariff)、(中央銀行の)公定歩合、準備資金率(reserve)の5つです。これらの中、予算作成時期には政府支出額がニュースになります。最近は税率、公定歩合が関心事になっています。消費税率を0%にすることは同税の廃止を意味します。 独立変数を実施して、施策目標になる従属変数の値を観察して経済がよく動いているかどうかを見ます。従属変数は詳細には2ダース以上もあるようですが、国内総生産(GDP)、経済成長、経常収支、貿易収支、物価レベル、インフレーション、労働生産性、失業率、失業保険の支給、社会保障と主なものだけでも十指に上がります(このエッセイでは一般説明をしているので、学術用語とは異なる言葉も使っています)。わずか5つの独立変数を操作して、これだけ多くの施策目標をうまく果たそうとするのです。しかも、中に経済成長を高く望むとインフレーションを上げかねないというように相反する従属変数もあります。 このとおりマクロ経済学では、解析Ⅰを思い出しながら上述したように、すべての関係を満たす数値は決定論的には決まりません。たやすく言えば、マクロ経済の予測は一義的にはできません。「景気は良くなる」、「良くはならない」という真反対の予測がでる余地まであります。したがって、公定歩合を例にすれば、それを変えるときは各国とも少しずつ変えて影響を瀬踏みしています。 決定論的でないので、経済対策についていろいろ異なった議論ができます。したがって、国会で予算審議のときに、自民党にも社民党にも共産党にも信奉する主義にあった主張をできる余地があり、議論が百出します。経済評論家や証券会社の解説者が、それぞれ違った予測をしたり、同じでもニュアンスが違った表現ができるのもここに起因しています。これらの人はマクロ経済の限られた側面を特殊な観点から、たとえば証券会社の解説者ならば一般投資家向きに述べているのです。あるいは、国粋主義的意見や曲学阿世のような記述に遭遇したりもします。 マクロ経済では、独立変数(たとえば、税率)を変えてから影響が出るまでに時間がかかります。この時間要素がマクロ経済学を一層難しくしていますが、本エッセイでは、時間要素を除いて説明したことを断っておきます。
マクロ経済と企業の業績には約30%の相関係数があるといわれます。したがって、経営意思の決定には、報道される経済解説を丸呑みするのでは不十分で、自社向けにマクロ経済を理解する必要があります。これには、ケインズ経済論、マネタリ経済論、サプライサイド経済論などのマクロ経済学を使って、経済評論家の説明を参考にしながら、経済動向を観察しなければなりません。 ■ 注1)macroeconomics、巨視的経済学とも訳されます。 注2)同姓ですが、ノーベル賞受賞のフリードマンとは別人。 |
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