計装豆知識
むだ時間要素
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むだ時間要素とは
プラントのプロセスや装置にはむだ時間要素が多く含まれます。むだ時間とは、制御対象に操作を加えてから結果が現れるまでの無応答時間のことです。むだ時間は物質やエネルギーが流路に沿って移動する際に発生し、流路の長さと移動速度が遅れ時間を形成します。実際のプロセスではむだ時間要素が単独で存在することは少なく、多くは一次遅れや多次遅れなど、ほかの要素と複合して存在します。
むだ時間要素のプロセス例
むだ時間要素の特性をわかりやすくするために、むだ時間要素だけからなるプロセスの例として輸送用ベルトコンベアを取り上げてみます。図1は粉体輸送用のベルトコンベアで、ホッパーからの粉体切り出し量を調節弁で操作し、センサでコンベア上の粉体重量を検出しています。調節弁が動いてから重量変化が検出されるまでの時間は調節弁とセンサまでの距離をベルト速度で割った値となり、これがむだ時間になります。

図1 むだ時間要素の例 粉体輸送用ベルトコンベア
図2は上記の応答を示すものであり、τdがむだ時間です。図中で正弦波の部分に着目すると操作と出力と重量検出値の間に位相ずれがあることがわかります。フィードバック制御では必ず振動が発生します(*1)が、この位相ずれが振動の原因になります。なお、むだ時間要素は信号の波形や振幅は変えないので、あらゆる周期の波についてプロセスゲインは1です。

図2 むだ時間要素の応答
むだ時間要素の制御方式
むだ時間要素の比例+積分制御(Pl制御)
むだ時間要素は下式で表わされる一般的な比例+積分(PI)動作の調節計でも制御が可能です。

この調節計に適切な比例帯と積分時間の組合せを設定することで、1/4減衰(*2)を与えることができます。調節動作による振動の周期(固有周期)τ0は、次のようになります。

比例帯と積分動作の組合せは無数にありますが、積分時間を無限大にすれば残留偏差(オフセット)が残り、逆に積分時間を短くし過ぎると固有周期が長くなり(4τdに近づく)、応答が遅くなります。組合せによる応答の変化を図3に示します。

図3 比例帯と積分時間の組合せによる応答の変化
むだ時間要素のサンプル値Pl制御
操作の結果がすぐに現れないむだ時間要素のプロセスで、出力を連続的に動かす制御は無意味であるようにも考えられます。そこで考案されたのがサンプル値Pl制御です(図4)。サンプル値Pl制御の基本原理は単純であり、ある操作を行ってから、その結果がプロセスのむだ時間を経過した後、十分に現れてから次の操作を行うというものです。

図4 サンプル値Pl制御の原理
図4において、サンプリングスイッチを制御周期τc毎にtcの間(制御時間)だけ閉じます。操作出力は、偏差のPl演算結果に基づきtcの間だけ更新され、それ以外の時間にはホールドされます。以上の動作により、制御周期毎の間欠的な出力変更操作が行われることになります。サンプル値Pl制御の特長は、調節ゲイン(比例帯 PB)がうまくプロセスと適合すれば、最小の出力変更回数で制御偏差がなくなり、短時間でループを整定できる点にあります。なお、制御周期はプロセスのむだ時間以上の値(τc>τd)に設定する必要があります。
サンプル値Pl制御の適用例
サンプル値Pl制御は簡単な原理でありながら、むだ時間要素が支配的で、連続制御が困難なプロセスに対しては大変効果的な制御方式です。サンプル値制御の適用例として、排水の中和槽などにおけるpHの制御(図5参照)を例にとり概要を紹介します。

図5 サンプル値PI制御の応用例 中和槽のpH制御
図5では、中和槽出口におけるpH値を一定に保つために、中和槽に添加するpH調整剤(中和剤)の量を調節しています(本例ではプロセス液のpH値が常時酸性寄り、もしくはアルカリ性寄りのどちらかであり、中和剤は1種類であるとします)。このプロセスでは、中和槽への流入量、攪拌機の能力、および中和槽の実効容量からむだ時間と時定数は次のように近似できます。

各変数の値によっては、相対的に非常に長いむだ時間要素が制御系の中に含まれてしまう可能性があり、そのような場合にはサンプル値Pl制御方式を適用することで良好な制御結果を期待することができます。
〈参考文献〉
「プロセス制御システム」 シンスキー著
(岩永正雄・小川 積幸・栗原 宏文・長山 千五郎 訳) 好学社
「計装システムの基礎と応用」 千本 資・花淵 太 共編 オーム社
(*1) | まりが跳ね返ったちょうど良いタイミングで打つことにより、まりつきが長続きするように、フィードバック制御においては操作を行ってから次の操作までが、位相にして360゜になる周波数で振動が発生します。 |
(*2) | 振動する制御ループの振幅が1周期毎に1/4に減衰することで、一般に工業用にはこの程度の減衰が適当だといわれています。 |
(株)エムジー 広報部